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東京地方裁判所 昭和29年(ワ)3591号 判決 1956年9月06日

原告 小林又蔵

被告 梶浦博 外二名

主文

被告梶浦は原告に対し金三五万九、〇四〇円を支払うこと。

原告の被告合資会社飯島石材店および被告飯島に対する請求中、物件の取除を求める部分は棄却する。

原告の被告会社および被告飯島に対する請求中、賃借権の確認を求める部分の訴訟は昭和三一年七月三一日訴取下により終了した。

訴訟費用は、原告と被告会社および被告飯島との間では全部原告の負担とし、原告と被告梶浦との間では全部被告梶浦の負担とする。

この判決は第一項に限り原告が金五万円の担保を供するときは仮りに執行できる。

事実

第一、双方の請求

原告訴訟代理人は「被告梶浦は原告に対し金三五万九、〇四〇円を支払うこと。被告合資会社飯島石材店(以下、被告会社という)および被告飯島に対する関係で、原告が別紙<省略>目録記載の土地に訴外日本眼鏡協営株式会社を賃貸人とし(イ)存続期間昭和二八年九月一〇日から満二〇ケ年、(ロ)借賃一ケ月七二〇円、(ハ)右支払期毎月二八日、(ニ)特約賃借権を譲渡しまたは賃借物を転貸することができる、との内容ある賃借権を有することを確認する。被告会社および被告飯島は右地上にある物件を取り除くこと。訴訟費用は被告等の負担とする」との判決ならびに右給付を命じた部分につき仮執行の宣言を求め、被告等訴訟代理人は請求棄却の判決を求めた。

第二、原告の請求原因

一、昭和二八年九月一〇日原告は被告梶浦から「東京都新宿区百人町一丁目一八番の二」宅地八八坪八合七勺の東南部六〇坪につき賃貸人が訴外日本眼鏡協営株式会社であつて(イ)存続期間昭和二八年九月一〇日から満二〇ケ年、(ロ)借賃一ケ月七二〇円、(ハ)右支払期毎月二八日、(ニ)特約賃借権を譲渡しまたは賃借物を転貸することができる、との内容ある賃借権を代金合計一三二万円にて買い受け、右代金は金四〇万円を同月九日、残金九二万円を同月一〇日それぞれ梶浦に支払つた。当時右土地附近は区劃整理中であつたが、右契約にいう六〇坪なる坪数はいうまでもなく整理後の土地における坪数なりとして売買されたのである。

二  区劃整理前の「一八番の二」の土地は、区劃整理により確定された現在の「一八番の二」の土地の西北方に位置しており、区劃整理によつて結局現在位置に地番が確定したのであるが、被告梶浦は右売買にかかる賃借権の目的たる土地六〇坪を原告に全然引き渡さないので、原告は止むなく昭和二九年八月二八日賃貸人日本眼鏡協営株式会社代表取締役藤森富作に対し、原告が右契約関係に基き賃借使用し得べき土地の指定を求めたところ、原告に賃貸できる土地としてはこれだけしか残つていないとして「一八番の二」の宅地東北部二九坪四合三勺と「右同所一八番の一」の宅地東南部一四坪二合五勺右合計四三坪六合八勺を示したので、原告は右「一八番の二」の二九坪四合二勺と契約上の「一八番の二」宅地一四坪二合五勺に代えて右「一八番の一」一四坪二合五勺とを受領したが、なお一六坪三合二勺が不足しており、右不足分については引渡を受けるべき土地がないのである。

三、原告はかかる不足分のあることを知らないで賃借権を譲り受け、右不足分一六坪三合二勺に相当する譲渡代金三五万九、〇四〇円だけ原告は損害を蒙つたわけであるから、被告梶浦に対し右金員の支払を求めるものである。

四、本訴提起当時被告会社および被告飯島は、原告の右賃借にかかる別紙目録記載の土地に石材を持ち込み、よつて原告の賃借権を妨害していたので右賃借権の確認と妨害物件の取除を求めたが、被告等はその後右賃借権を争わず任意に右物件を取り除き原告が右土地を使用占有している。

五、原告は昭和三一年七月三一日の口頭弁論期日に被告会社および被告飯島に対する請求を取り下げた。

第三、被告等の答弁

一、被告梶浦が原告主張のごとき内容の賃借権を原告主張のごとき約定で譲渡したことは認めるが、右賃借権の目的たる土地の坪数として表示された六〇坪は区劃整理前のものであつて、被告梶浦は区劃整理確定後右に相当する目的土地全部を原告に引渡済である。よつて損害賠償の義務はない。

二、被告会社および被告飯島は原告主張の土地についての原告の賃借権を争わない、被告等は右土地に石材を置いていず、何等原告の賃借権を妨害していないから、原告の請求は棄却されるべきである。

三、被告会社および被告飯島は原告の訴取下に異議がある。

第四、証拠関係<省略>

理由

一、被告梶浦に対する請求

昭和二八年九月一〇日原告が被告梶浦から「東京都新宿区百人町一丁目一八番の二」宅地八八坪八合七勺の東南部六〇坪につき賃貸人が訴外日本眼鏡協営株式会社であつて(イ)存続期間昭和二八年九月一〇日から満二〇ケ年、(ロ)借賃一ケ月七二〇円、(ハ)右支払期毎月二八日、(ニ)特約賃借権を譲渡しまたは賃借物を転貸することができる、との内容ある賃借権を代金一三二万円で買い受けたことは当事者間に争ない。しかして成立に争ない甲第二、第五号証、証人岸迪、長谷川良作、小林藤由の各証言および原告本人小林又蔵、被告本人梶浦博の各陳述(但し、被告本人の陳述中、後記措信しない部分を除く)を綜合すれば、原被告間の右賃借権譲渡契約の当時本件土地附近は区劃整理の施行中であつたが、右契約において表示された「一八番の二」宅地八八坪八合七勺の東南部六〇坪というのは文字どおり六〇坪を意味しており、右譲渡前被告梶浦は六〇坪の賃借権を有し、譲受によつて原告が右六〇坪の賃借権を取得し、現実に六〇坪を使用できることを意味していたこと、換言すれば右は区劃整理後の土地を表示したのであり、その土地の坪数を六〇坪と定めたのであること、代金は坪当り金二万二、〇〇〇円とし六〇坪で合計一三二万円と定めたことが認められる(被告本人梶浦博の陳述中、右認定に反する部分は措信しない)。成立に争ない甲第一号証、証人藤森富作の証言をもつてしても右認定を覆えすに足りない。

つぎに証人岸迪、長谷川良作、藤森富作、小林藤由の各証言および原告本人小林又蔵の陳述を綜合すれば、被告梶浦は右契約後原告に対し何等土地の引渡をしなかつたこと、そこで区劃整理のすんだ等、昭和二九年八月二八日原告は訴外日本眼鏡協営株式会社代表取締役藤森富作から右賃借権により使用できる土地として、「一八番の二」の宅地東北部二九坪四合三勺と「一八番の一」宅地東南部一四坪二合五勺の引渡を受けたが、他には原告が引渡を受けられる残地がなかつたことが認められ(被告本人梶浦博の陳述中、右認定に反する部分は措信しない)、右の事実から推して考えれば、特段の主張立証のない本件においては、右契約において六〇坪の賃借権を譲渡するとはしてあつたが、実は右土地の坪数ははじめから六〇坪はなかつたものであると認定するのが相当であり、証人小林藤由の証言、原告本人小林又蔵の陳述によれば原告は右不足していた事実を知らないで買い受けたことが明らかである。

そうすると原告が六〇坪ありとして買い受けた賃借権はすでに右訴外会社から引渡を受けた四三坪六合八勺を差し引き、少くとも一六坪三合二勺不足していたことになるが、原告が右譲渡代金一三二万円を原告主張のとおり支払つたことは被告梶浦において明らかに争わないからこれを自白したものとみなすべく、従つて原告は右不足分一六坪三合二勺に相当する代金額三五万九、〇四〇円の損害を受けたものといわなければならない。被告梶浦は原告に対し右金員を支払う義務がある。

二、被告会社および被告飯島に対する請求。

(一)  右請求中、物件の取除を求める部分の理由がないことは、原告の四、の主張自体に徴し明らかである(原告は右訴を取下げたが、被告等が訴取下に同意しないから、訴訟は終了しないこと勿論である)。

(二)  原告訴訟代理人は本訴において被告会社および被告飯島に対し、原告が別紙目録記載の土地に原告主張の一、のごとき内容の賃借権を有することの確認を求めたが、昭和三一年七月三一日の口頭弁論期日において右訴を取り下げると述べ、被告等訴訟代理人は右訴取下に異議があると述べた。そこで右取下の効力につき考えるに民訴法第二三六条第二項が訴の取下には被告が本案につき準備書面を提出し準備手続において申述をなしまたは口頭弁論をなした後は被告の同意を要する旨規定した趣旨は、一たん被告が本案につき応訴の態度を示した以上、被告としても請求棄却の本案判決を得て原告の請求が理由のないことを確定してもらえる立場にあるから、かかる立場を尊重し、原告の一方的な意思により訴訟を終了させることができないようにするためであると解すべきである。従つて、たとい被告が本案につき応訴の態度を示した後であつても、もしその訴が権利保護の利益を缺く等の理由により、本案判決をなすことが許されない場合は、前記のごとき被告の立場を顧慮する実益はないのであるから、訴を、被告の同意を要せず原告の一方的な意思で終了させても、前記法条に違背するところはないというべきである。ところでこれを本件についてみるに、原告は賃借権の確認を求めながら、被告は右賃借権を争つていないといい、これに対し被告は右賃借権を争わない旨答弁しているのであるから、もはや右賃借権の存否については原被告間に何等の争がなくなつたものと認めるべく、もはや原告は右賃借権の確認を求める利益がないといわなければならない。しからば本訴は何れにしても原告の請求の当否に入つて本案判決をなすことができない場合であるから、前記の理由により、被告の同意を要しないで訴を取り下げ得るものといわなければならない。よつて右訴訟は昭和三一年七月三一日原告の訴の取下により終了したものと判断する。

三、結論

よつて原告の被告梶浦に対する請求は理由があるから、これを認容し、被告会社および被告飯島に対する請求中、物件の取除を求める部分は理由がないから、これを棄却し、賃借権の確認を求める部分は昭和三一年七月三一日訴取下により終了したものとなし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条第九二条、仮執行の宣言につき同法第一九六条第一項を各適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 杉田洋一)

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